打越眠主主義人民共和国

”うちこし”と読みます

日記2022/10/11

ここしばらくの間、船で操舵の練習をしている。出港から入港までの間、船の舵を取る。千葉側の港はやたらと狭い上に横風の影響を受けやすく入港が難しいので、このときだけ先輩についてもらいながら入港していたが、それ以外は当直士官と自分だけでやっていた。それが今月からは千葉側入港も先輩がつかないことになった。責任重大だ……。

知らない人に説明すると、まず船の舵を船長がとることは一般のイメージに反してまず無い。操船は船長や航海士と呼ばれる上位の船員(軍隊風に士官と呼ばれる。商船士官の制服の肩章のデザインは海軍将校の階級章とよく似ている)ひとりとと操舵手ひとりがペアになって行う。当直士官は操舵号令を発する。「スターボード、テン(右に10度舵を切れ)」とか言い方が決まっているが、自分の船の場合は東京湾の両岸に目印があってそこに向けろと言われることが多い。「少年院向けろ」「しばらく防大でいこうか」みたいな感じ。そして号令に従って操舵手が実際に舵を動かすことになる。指示者と操縦者を分けて前者が周辺警戒や状況判断に専念する建前らしいが、実際には操舵手自身も見張りをして逐次報告しなければならない。

船は風と波、潮流の影響をうけるからまっすぐ進まない。その上舵の反応も自動車などとは比べ物にならない。自分の船は狭い港内で180度回頭できるよう、サイズの割には旋回性が高く設計されているが、それでも舵を切ってから実際に船が回頭するまでは数秒の間がある。そして一度回頭し始めるとそれを止めるために反対側へ舵を当てて……それにも数秒かかる。二十年から三十年近いキャリアのある先輩の操舵手たちはどれだけ海が荒れていても一度向けた方角へ船をぴったり向けてまったくふらふらさせないのだが、どうやっているのか見当もつかない。

一番下の甲板員から正式に操舵手へ昇進するまでは五年かかるそうだからまだまだ先の話で、それまで勤めているかどうかもわからない。来年の七月に最初の免状を取りに行くつもりだからいずれにせよそこまではやることになるが……。

 

海員学校を出ている後輩に聞いたが、外航船(国際航海をする船)に就職すると最初から手取り50万超えらしい。尋常ではない。それを聞いて免状取って外航行くしかねえべと思ったが、実際には相当ハードルが高いようだ。外航船では日本人は士官だけで部員(操舵手や甲板員など士官でないひとたち)はフィリピン人かインド人あたりというのが普通である。士官としてでなければ外航船には乗れないわけだが、外航船の士官になるには商船大学を出るか上級の免状を自力で取るしかない。免状を取るには学科試験と乗船履歴(どんな種類の船にどんな立場でどれくらい乗ったか)が必要である。そして上位の免状は士官として履歴を積まないと取れない。働きながら学科の勉強をするのがまず大変なのに、今から士官を目指してそれから外航に乗り換えて……となると何年かかるかわかったものではない。そもそもいくら給料が高いといっても外航船はきつい。九ヶ月乗って、三ヶ月陸で休暇を取るサイクルだが……九ヶ月海って正気か? もし子供がいたら帰ってくるたびに一回り大きくなってるわけでしょ。正気じゃないな……。

 

船の一番大変なところはとにかく陸上生活と隔離されることだと思う。七月に入社して今月初めに退職した後輩は船員自体辞めて陸で仕事を探すらしい。せっかく二年もかけて海員学校を出たのにもったいないと思ってしまうが、まあ向き不向きがあるから仕方ないのだろう。自分は一週間以上沖に出たことはないからまだまだ陸の気分が抜けていない。そのうち陸に戻るかもしれないが、その前に一度長い航海をやってみたいものだと思う。