打越眠主主義人民共和国

”うちこし”と読みます

易についてその二 占法と判断

この記事では易という占いについて説明しているが、この回は第一回の直接の続きなので先にそちらを読んで欲しい。

sleepcratic-republic.hatenablog.com

前回では男と話をして、彼が国会選挙で当選できるか否かを占うことになった。彼は野心あって中央に進出したいのだが、地元に地盤を持っている与党政治家の存在が邪魔なのだ。今回は実際に道具を用いて占いの結果を出し、それを客に伝えるところまでを書いていく。

 

易占いにはいろいろ道具がある。人によって違うが、私の場合には以下のものを使う。

アマゾンで売っていた易道具一式セットの説明画像。記事末にリンクを貼っておきます。

画像の一番上に束ねてあるのが筮竹。竹ひごのようなものが50本ある。これを二つに取り分けて本数をカウントすることで占う。左にあるのが筮筒で、筮竹の入れ物である。中央にあるのは筮竹台で、筮竹を二つに取り分けた際カウントしないほうの束を一時的に置くのに使う。その下にあるのが占いの結果を記録するのに用いる算木という道具である。右手にあるのはたぶん易の結果を記した本ではないかと思うが、私は違う本を使っている。

一 まず筮筒から50本の筮竹を取り出す。このとき一本を取り出し、筮筒に残す。この一本は占いに用いない。

二 49本の筮竹を無心で二つに分け、右手に取った束を筮竹台に置く。置いたほうの束から一本を取り出し、束を持ったままの左手の小指に挟む。

三 左手で握っている束から2本ずつ取り除き、8本を数える。これを繰り返し、8本取り除けなくなったときの余りを数える。もしちょうど割り切れれば、小指の1本が答え。割り切れなければ残った本数に小指の1本を足す。つまり結果は1から8の数字になる。

四 以上の動作を六回繰り返す。

結果が2,3,5本なら、陰である。4,6,7本なら、陽である。1本は老陽、8本は老陰。

ここで陰とか陽とかいった新しい用語が出てきた。これは中国の陰陽思想に由来するもので、陽は積極的な力、君子(立派なひと)や奇数を表す。陰は逆に受動的な力、小人(君子の逆)や偶数を表す。この陰陽の二通りが基本となる。二通りの結果を六回出すから、2の6乗で64通りの結果がこの占いにはあるということになる。それぞれの結果を卦(け)というので、これらを六十四卦という。

ここで道具の画像の算木を見ていただきたい。中央下の道具である。六本の木の棒でできているが、それぞれの棒には表と裏がある。間に白地が入って左右に分かれているのが陰、分かれていない横一本の形になっている面が陽を表している。なおこの6つの陰陽をそれぞれ爻(こう)という。

老陽、老陰とはなにか。これは易という占いの奥深いところで、陽は陰に、陰は陽に変化していく性質がある。老というのは変化しかかっているという意味である。これを変爻という。老陰と老陽はそれとわかるように算木の位置を少しずらして記録する。

 

夬

さて、今回出た結果は以上のようになった。下五つが陽、一番上が陰である。なお画像には反映されていないが、一番上の陽は変爻で、陰に変化しかかっている。

六十四卦のうちこれは夬(かい)という結果で、変爻の部分は九五変と表記する。九は陽のこと、五とは下から五番目の意である。

この結果を易の本を読んで解釈していくわけである。六十四卦にはそれぞれ卦辞という、その卦の説明がある。易という経書の一番重要な部分である。夬の卦辞は以下の通りである。

夬、揚于王庭。孚号、有厲。告自邑。不利即戎。利有攸往。 
夬は王庭に揚ぐ。孚(まこと)あって号(さけ)ぶ。厲(あやう)きことあり。告ぐること邑(ゆう)よりす。戎(じゅう)に即(つ)くに利あらず。往くところあるに利あり。

どういう意味か。夬とは弓を引くときに使う道具のことで、弦を離すことを物事の決断に例えている。だからこの結果の大まかな意味は決断する、物事を押し切るということになる。王庭に揚ぐとは王の宮廷で宣言すること。告は命令、邑は自分の領土や私兵部隊。戎に即くとは戦争に従軍すること。

この卦は下の五爻は陽なので君子の勢いが盛んである。だが一番上に陰、小人の勢力がわずかに残っている。勢い盛んな君子がこの小人を始末しようとするのは当然である。だがその前にまず宮廷でこの小人の罪を明らかにする必要がある。「王庭に揚ぐ」とはそのこと。そのためには誠意を尽くして人々に訴える必要がある。「孚あって号ぶ」わけである。だが実力行使に出る以上危険はある(厲きことあり)。だからまずは自分の地盤をよく固めておく必要がある(告ぐること邑よりす)。戎に即くに利あらずとは武力ばかりに頼ってむやみに戦争を起こしてはいけないという警告であり、以上の姿勢を守れば「往くところあるに利あり」となる。

君子が小人を退治するのは正しい。それが成就するのだからこの夬という結果は基本的にポジティブな意味で捉えてよい。そのことがわかった時点で、私は客に「悪くはないですね」とか「いい結果ではあると思いますよ」と告げることにしている。私が占い道具を操作し、本と睨み合っている間、たいていの客は明らかに不安がり、私の表情の変化に一喜一憂するから、この一言で彼らは安心して結果の説明を聞くことができるようになる。

 

次に変爻について考える。九五変をどう解釈するか。これは二通りのやり方がある。まずは変爻前と変爻後を比較することである。九五が変じて六五になる、つまり上の二つの爻が陰で下四つが陽になると大壮という結果に変化する。だから夬が現状、それがやがて大壮になるという考えだ。変爻が二つ以上ある場合にはこちらの方法を使う。

だが今回は変爻が一つだけなので、その場合は占っている人、この場合は客の男の立場を象徴しているのが九五であると考える手法を使う。六つあるそれぞれの爻には爻辞という説明があるのでそれを読んでみよう。

九五、莧陸夬夬。中行无咎。
九五は莧陸夬夬(けんりくかいかい)。中行(ちゅうこう)にして咎(とが)なし。

易にはときどき何の話をしているのかよくわからない下りが出てくるが、これはわかりづらい部類といいっていい。莧陸とは草の一種らしいが、論者によってどの草のことなのか一致した見解がない。どうも水場に生えるものらしく、この場合一番上の陰、上六と接していることを意味するようだ。

中行とは易の用語で”中正”を達成していますよということ。偶数爻に陰が、奇数爻に陽が来るとめでたい。これを正を得ると呼ぶ。中とは第二爻と第五爻のことで、下半分の三つと上半分の三つのそれぞれ中間ということ。この中間が正を得ているとますますめでたい。これが中正である。

実は爻はそれぞれの位置が人物の位を意味している。一番下の初爻であれば社会にでる前の学生、その上が新人、順に中間管理職、第四爻は国であれば大臣、会社なら役員、第五爻は君主や社長、そして一番上の上爻は隠居した人。上皇や会長である。最もリーダーシップを発揮すべき君主、つまり第五爻に陽がくるのはとてもいいというわけ。

咎なしとは災いを避けうるということで、吉には及ばないが悪くはない。

立派な人物が君主として小人に接するのであれば、武力ではなく仁徳で相手の振る舞いを変えるのが本来望ましい。だが夬という結果ではそれができず武力に頼らざるを得なくなってしまう。相手は自分より年かさだからだ。”中行”であるにも関わらず吉ではなく咎なしに留まるのはそのためである。

この爻は占者に対してある種の警告を発している。咎なしに込められた微妙なニュアンスがこの占いの要点であろう。

 

「あなたはライバルを蹴落として国会議員になれるか。なれる、というのが私の答えです。チャンスは大いにあり、時の運はあなたに味方するでしょう」

夬はゆくところに利あり。そして男は第五爻、つまり君主の位にいる。地盤を持って小選挙区を勝ち抜いた議員は一国一城の主だ。

「選挙に打って出るならば、父の地盤を受け継げる地元で勝負するべきです。告げること邑よりするとありますから。県知事も可能性としては大ですが……。小人を斬る夬が出たということは、これはあなたに小人を斬れと命令しているようにも読める。だから国会選挙に出て、あなたが邪魔なあの(ライバル政治家の名前)を始末せねばならないということでしょう。敢えて勝負を挑むべきだ」

男は出馬する時期についてしつこく質問してきた。

「時期についてはわかりません。戎に即くに利あらずとありますから、自分の態勢が整わないうちに勝負をすべきでないということはいえるでしょう。ライバル政治家の不祥事など、有利な条件を待つべきではないでしょうか。第六爻は小人ですからね。爻といえばあなたのいる第五爻は陽。陽は積極性を象徴している。そういう点でいえば、あなた自身が勝負を仕掛けるときだと感じたら、自分の判断力を信じてもいいでしょう。夬は一年でいうと三月に当たるのですが、あまり関係ないと思います。たまたま選挙の時期が三月になればいい時期といえるかもしれませんが、これは参考にする程度です」

易の結果を解釈する方法は何通りもある。だから問いに対する答えを解釈する線は一つではない。占い師はその線のなかで状況に当てはまらないもの、相互に矛盾する線などを取り除いていき、最後に相手に伝えるべき線を特定する。特定した線には時期の情報はなかったが、客が質問してきたので参考程度と断った上で付け加えたわけである。

男は満足した。わかりました、と言って財布を取り出したので、私は慌てて制止して付け加えた。

「夬も、夬の九五変も大変めでたい結果ではあります。けれどもとても危険な結果でもあるんですよ。本来君子は仁徳で天下を治めなければならない。ですがそれが出来ないと言っているんです」

「王道をいけということでしょうか」

「いえ。夬は夬ですから。そのライバル政治家を蹴落とすための最初の選挙。そこが肝心だ。そこで勝つためには出来ることはなんでもやんなきゃいけない。でも一度勝って議員になったら、もう汚い手はやめなきゃいけない。それがあなたにできるか? 政治家としての器そこで真に試されるということです」

 

切りがいいので今回はここまで。次回はこの実例を元に、実際の占いで気にするポイントや他の解釈方法などをいくつか説明する。

 

【画像引用元】

ちなみにアフィとかではないです。